名前のない手記(14)

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 それからというもの、私の中での藤田君に関する感情の起伏は消え失せた。夜の酒、寝床の書籍を友に、私は夏を過ごした。藤田君のことは思い返すこともなかった。
 今思い返してみると、藤田君と笹本は夏の間、ずっと隅田川べりで暮らしていたのであろう。詳しくは聞いていないが、笹本と会って山谷を出てから夏までの間、二人して都内のネットカフェや公園で泊まり歩いていたものと思われる。なぜ藤田君は笹本などと行動を共にしていたのか、今でも疑問だが、とにもかくにも二人はマイケル・ジャクソンが亡くなった頃には隅田川のブルーシートへ流れ着いていたのだった。私はその点には納得できる。なぜなら二人には私も熟知していなかった厄介な酒癖があったのだ。これがあるために、二人はホームレスになることを余儀なくされたのではないか。
 私は、二人の酒癖を図らずもふたたび訪れた隅田川べりで目撃することになる。

 藤田君のことなど頭の片隅にもないまま、私は缶ビールを片手に隅田川べりを歩いていた。大好きな「KIRIN」を飲みながら歩く隅田川はまた格別であった。その日は隅田川花火大会が開かれ、川沿いの通りは人の群れに埋め尽くされていた。
 私は白いTシャツに白い短パンという格好だったが、いずれもかなり薄汚れていたから、傍目にはホームレスのように見えていたかも知れない。途中、同様の格好をした、ヒゲを生やした三十代くらいの男とすれ違った。ちょっぴり恥ずかしくもあった。