名前のない手記(24)

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 傍から見る分には解らなかったが、それ以来藤田君は明らかに変化した。毎日必ず日雇いの仕事へ出るだけでなく、パチンコへ行く頻度が落ち、酒量も減った。私の言葉が何かの決め手になったとは思えない。ただ、ぼんやりと未来につなぐ何かが心の中で萌したのではないかと思った。時には飲みすぎてへべれけになることもあったし、酔っ払いと喧嘩しかけることもあったが、花火大会の時のように箍が外れることはなかった。

 しかし、事態は急転した。私たちの前に再び笹本が現れたのである。後でわかったことだが、笹本は花火大会の大喧嘩の時、藤田君と同じく警官の手を逃れて事なきを得た。隅田川を離れて再び東京を転々とした後、山谷へやってきたということだった。
 蒸し暑い夜、私と藤田君と数人の労働者仲間がいつものように道路に寝ころがってくだらない話にふけっていると、
「おお。藤田じゃないか!」
 と、あのニヤニヤした莫迦づらが通りかかった。藤田君は驚きながらもうれしそうな顔で、
「笹本さん。あれからどこへ行ってたんですか?」
 と言った。笹本は腰を落として、藤田君をジロッと見て、
「まったく。お前がとんずらしたからこっちは大変だったんだぞ。ケータイもつながらなかったし」
「す、すみません。どこかに失くしちゃって……」
 私と労働者仲間がポカンを見ていたので、笹本は私たちに軽く会釈した。笹本が場の空気をさらってしまい、すっかり白けた私たちは宴会を閉じた。藤田君と笹本が雑談を続けるのを尻目に、私は金本旅館へ引き揚げた。ゲラゲラ笑う笹本の声が聞こえて、何だか厭な予感がした。
 それからというもの、笹本は金本旅館にほど近い「菊屋」というドヤに泊まり、山谷での生活を開始することになった。
 そして、私の厭な予感は的中してしまうことになる。