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2018-06-01から1ヶ月間の記事一覧

似顔絵師(2)

その夜は飲み会が開かれた。第一グループを中心に社員十名ほどで、池袋駅前の大衆居酒屋へ繰り出した。メンバーには昭男の他に上野やあゆみの姿もあったが、清次は仕事を終えると一人でさっさと帰宅していた。 普段の飲み会は愚痴や仕事観や人生論などの応酬…

似顔絵師(1)

この上ないくらい爽やかな秋晴れだけど、昭男は、どうも今日は気乗りがしない。「煙草、吸うよ?」 一本取り出し、運転席の清次に見せて聞く。「構わないよ」 清次は答えると、助手席側のウィンドウを少し開けた。冷たい風が隙間から流れ込んできて、昭男の…

二人の盗賊

□ ある寒い日のこと。新聞に大きなニュースが出た。山で検問を張っていた警察が、一人の盗賊を検挙した。盗賊は、その町の巨大な美術・宝石商「G」に忍び込み、大量の宝石を盗み出した。盗難に気づいた警備員が警察へ通報。急いで町の周りに検問を張った警察…

はかなくうつろうエプロンの色

○ トン、トン、トン… と、キャベツを包丁で切る。いつもと変わらない。 ようやく桜が散って、絵美の好きな新緑になった。窓から見える桜の樹に射す光の色は変わり、落ちる影の角度も変わった。空の青さも変わった。風の匂いも変わった。なによりも、芝生にひ…

知られざる肖像画

…つまらない記事になるだろう。 朝の通勤ラッシュに苦しまなくてもすむ新宿からの下り電車の中で、杉村は窓外に目をやりながら胸中で密かにつぶやいた。 洋画家の平川聡が三日前に死んだ。かねてから患っていた喉のために入院生活を続けていたが、読書中に動…