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2018-11-01から1ヶ月間の記事一覧

名前のない手記(11)

それきり、藤田君とも連絡が途切れてしまい、数ヶ月が過ぎた。私はこれまで通り金本旅館に暮らし、日雇い労働を続けた。昼は建設現場で砂埃にまみれ、夜になれば酒をあおり、金が貯まれば風俗店へ出かけて女を買う。そしてただ時間ばかりが過ぎていく。その…

名前のない手記(10)

日比谷公園での暮らしはそれから数日間つづき、年明け早々に派遣村は閉じた。その数日間、私は藤田君と中年男の姿を見ることなく過ごした。 派遣村を後にした私は山谷へ帰り、再び金本旅館に入った。以前とは違う部屋をあてがわれた。山谷のドヤは人の入れ替…

名前のない手記(9)

そんなことを思っていた矢先、藤田君の前に笹本が現れた。大晦日のことだから、よく覚えている。もっとも、その時私は笹本という名前を知ることすらなかったのだが。 二〇〇八年十二月三十一日、日比谷公園に「年越し派遣村」が開村した。無償で食事と寝る場…

名前のない手記(8)

〇 カップ酒干して秋夜の道に捨つ夢見えぬまままどろむ山谷 こういう短歌を寝床でしたため、新聞に投稿したら、入選してしまった。新聞の評価もいいかげんだな、と思った。短歌の投稿は私の数少ない趣味の一つである。これまでかなりいい確率で入選している…

名前のない手記(7)

藤田君はまた宙を見ていた。目を細めていた。「彼女とは職場で一緒だったんですけど、僕の方は派遣社員だったんですよ。結婚の約束は正社員になることを前提にしていて。でも、この間、クビになった。それと一緒に、結婚の夢も消えちゃいました」「………」 私…