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2018-12-01から1ヶ月間の記事一覧

名前のない手記(15)

がんばって桜橋の方まで行こうと、人ごみをぬって歩いていたら、どこかから人の叫び声が聞こえてきた。なにごとかと思ったが、喧嘩だろうと合唱だろうと、このような夜ならさして珍しくはない。無視して行き過ぎようとしたが、「ホームレス!」だの「難民!…

名前のない手記(14)

〇 それからというもの、私の中での藤田君に関する感情の起伏は消え失せた。夜の酒、寝床の書籍を友に、私は夏を過ごした。藤田君のことは思い返すこともなかった。 今思い返してみると、藤田君と笹本は夏の間、ずっと隅田川べりで暮らしていたのであろう。…

名前のない手記(13)

すっかり長くなった髪をダラリと下ろしていて別人のようだったが、藤田君に違いなかった。酒に頬を赤らめていた。すっかりマイケル・ジャクソンになったつもりでいるのだろう。「Who's Bad!」とはマイケルの楽曲「BAD」の歌詞の一部である。マイケルと街のな…

名前のない手記(12)

高層ビル群が雨上がりの西日を浴びて橙に照っていた。雨上がりのトワイライトタイムほど素敵な時間はない。私は心を小躍りさせながら日本堤から隅田川までを歩いた。川べりまで出ると、桜橋を目指してぶらぶらした。 ここは東京有数のホームレスたちの住処で…