MENU

2018-08-01から1ヶ月間の記事一覧

アルミニウム(5)

SとRに念願の子が授かったのは二月の寒い日のことだった。それまで長年二人きりで暮らしてきただけに、こうのとりの来訪は二人を狂喜させた。しかし子は翌月に流れてしまった。美容師の仕事が肉体的にも精神的にもRにとって想像以上の負荷になっていたと…

アルミニウム(4)

Kは隣でスポーツ新聞をめくるSの腕を見て、ぼそりとつぶやいた。 ――武田さんの腕。ヒバクしたみたいだね。 Kはところどころ破れて中のスポンジが見えている黒いフェイクレザーのソファに偉そうに寝転がって、スマートフォンをいじくっていた。 ――縁起でも…

アルミニウム(3)

Aの家が近づいてきた。面倒臭い解説もやっと終わりだとSは思ったが、 ――…あのさぁ、ちょっと寄ってもらいたいところがあるんだけど。 とAはいきなり意想外なことを口にした。Sが疑問の目を向けると、Aはフロントガラスのはるか彼方を見るように、虚ろな…

アルミニウム(2)

六月の厭な雨夜だった。 その夜八時過ぎ、依頼を受けたSがゴールデン街の店を訪ねると、Aは目をとろんとさせて、よぉ、来たか、と笑った。ママはカウンター越しにSに苦笑しながら、ごめんねぇ、よろしくねと、厚化粧の上の紅をゆがめて言った。SはAにつ…

アルミニウム(1)

――ところでその、腕にまばらに付いている火傷の痕はいったい何だい? ――はぁ……これは、溶けたアルミの湯が飛び散って……。ようするに、金型を掃除する時、こびりついたアルミを一度溶かさないといけませんので、金型の中に腕を突っ込んで、ガスバーナーで溶か…