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二人の盗賊

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 ある寒い日のこと。新聞に大きなニュースが出た。山で検問を張っていた警察が、一人の盗賊を検挙した。盗賊は、その町の巨大な美術・宝石商「G」に忍び込み、大量の宝石を盗み出した。盗難に気づいた警備員が警察へ通報。急いで町の周りに検問を張った警察の勝利だったという。
 そのニュースには一つの珍事件が添えられていた。検問を張っていた山に、一人の老画家がいて、警察犬に追われ、危うく噛み殺されそうになったという事件だ。夜空の月を眺めて絵を描いていたということで、もちろん何事もなく釈放されたが、それがニュースを読む人々の笑いを買った。
 捕まったのは、世界各国を股にかけて宝石や美術品を盗み去っていた、「怪盗Y」という有名な盗賊だった。Yは数日後、縛り首になって死んだ。

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 Yはその町の美術・宝石商「G」に忍び込む前夜、酒場でAという男に会った。
「あんた、怪盗Yだね。フッフッフ。知ってますよ」
 と言われて、Yは驚いたが、話すうちにAも同業者、つまり盗賊であることがわかった。AはYと違い、まったく無名の盗賊ということだったが、盗みの技術に関してやたら詳しいのでYは疑わなかった。それどころか意気投合し、一緒に「G」に盗みに入って、宝石を山分けしようということになった。
「Aさん、あんた無名だが、大盗賊だね。あんたと組むのは、かなり面白そうだぜ」
「私はスリルが好きなだけなんだ。それほど宝石には興味がないんですよ」
「ヘヘヘヘ。謙遜するねぇ!」
 翌日、二人は月の輝く夜空の下、町に流れる大きな川にかかる橋の上で落ち合った。二人は「G」に忍び込み、見事、数十億円に相当する宝石を盗み出した。何の痕跡も残さず、すっぽりと「G」の倉庫からたくさんの名品、珍品の数々が消えうせた。
 YとAは早く国外へ出るため、国境の山を登った。追っ手は影も形もない。余裕の二人は、ちょっと疲れたこともあって、誰もいない山小屋に入り、休息をとった。
「うまくいきましたね」
「Aさん、あんたやっぱりかなりの腕だよ」
「好きこそものの何とやら、というヤツですよ」
「ところで、「G」というのは裏でかなりあくどいことをやっているの、ご存知で?」
「いいや、初耳ですね」
「裏で金持ち相手のオークションを主催してるんですが、そこには世間があっと驚くような行方不明の財宝が出るそうですよ」
「……盗品ですか?」
「そう。オレたちがこうして盗んだ宝石やら美術品の多くがそこで売られるんでさ。オレも出品したことがあるけどね。ヘッヘッヘ。そうそう、噂だけど、中にはね、巨匠・レオポルドの『月夜の女神』があそこの倉庫に眠っているそうで。ヘヘヘヘヘ」
 Yは可笑しそうに笑った。
「ああ、数年前に美術館から盗まれたっていう?……」
「そう。「G」なんてろくでもない美術商だよ。あんなところから盗んだって、悪いとも何とも感じねぇや」
「はははは。違いないですね」
 ろうそくだけを灯した暗い部屋で、二人は煙草の煙りにまかれて談笑していた。 やがてYが立ち上がって言った。
「さぁ、そろそろ国境を越えよう」
「ねぇ、二手に分かれませんか?」
「どうして?」
「警察が検問を張ってないとも限らない。国境を越えた町で落ち合いましょう」
「大丈夫ですよ。あんたもオレも、プロだ。「G」が倉庫から大量の宝石が消えてるのに気づくのは、明日の朝のことですよ」
「いやぁ、念には念を入れた方がいい。宝石を均等に二つに分けて、別行動しましょう」
 Yは鋭い目でAを見た。
「ちょっと待て。どうして宝石を分けたがるんだ。解せねぇな。あんたが持ってる宝石の方が高額ってことも有り得る。何を狙ってんだ?」
「いやぁ、違う。万全を期した方がいいだけで……」
「あんた、何者だ?」
 Aは言葉に詰まったが、やがて観念したように話し始めた。
「すまない。許してくれ、オレだけ国境を越えずに町へ戻ろうと思ったんだ…。実はオレには、女房と子どもがいてね。食うものも満足に与えてやれてない。これまでずっとコソ泥をしていたが、酒場であんたを見た時、これは大きな仕事ができると思って……」
「ふぅん…」
「だから、宝石を山分けして、ここでおさらばできないだろうか…」
「まぁ、オレは不服じゃねぇがな…」
 Aは喜び、宝石を均等に二つに分けた。Yは用心深く、Aの様子をうかがっていた。Aは懐から小さな酒瓶を取り出して、
「じゃあ、最後に乾杯をしようじゃないか」
「待ちな。そんなの飲まねぇぞ」
「え?」
「毒が入ってるかも知れねぇ」
「そんな、馬鹿な」
「ますます解せねぇヤローだ」
 Yは懐から拳銃を取り出し、Aに向けた。
「宝石を全部よこせ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「いいや、待たねぇ。テメェ、警察の手先かも知れねぇしな。信用するもんか」
 Aはオドオドしながら、荷物を全部Yに差し出した。荷物になってしまう大きな絵や彫刻だけ、Yは拒否をした。
「身が重くなるからな。まぁ、「G」にはまだまだ高価な宝物がいっぱいあるから、またいつか忍び込んでやる。ヘッヘッヘ!」
 Yは盗むのと同じく手際よくAに言うことを聞かせ、山小屋を後にした。しかし、翌日の新聞で報じられた通り、Yはお縄になった。「G」がどうしていち早く盗難に気づいたかというと、倉庫内に捨てられた煙草が煙を出していて、検知器が反応したからだった。有名な怪盗の割にはドジをするものだな、というのが警察の間での笑いの種だった。

   □

 美術商「G」は盗品をことごとく取り戻したものの、一つだけ、戻らない名品があった。失われたのは、裏ルートで手に入れた巨匠・レオポルドの「月夜の女神」だった。そもそも盗品であるため、警察に被害届を出すわけにもいかなかった。
 ところで、Yを検挙した警察たちは、同じ夜、警察犬が噛みついた老画家が携えていた絵が「月夜の女神」だったことは、誰も気がついていない。そして、「G」の倉庫内に捨てられていた煙草が、老画家の胸ポケットに入っていた煙草と同じ銘柄であることも……
 その数日後、警察がかねてからマークしていた謎の盗賊が捕まったことが、新聞に載った。Aという、盗賊の世界では密かに名前を伸ばしていたルーキーだった。変装がうまく、頭が切れることでうまくやっていたようだが、宝石商「R」に忍び込んだ夜、ついに御用となった。やはり縛り首になった。
 ちなみに、その「R」の裏オークションでは、数日前にAによって巨匠・レオポルドの「月夜の女神」が売りに出されたというのが、大きな事件だった。「月夜の女神」といえば、数日前に縛り首になって死んだ怪盗Yによって盗まれたと、宝石商の業界では有名な事実だったから、「R」の鑑定士はなぜAが持ち込んだのかが疑問だった。
 しかし、Aが捕まった夜、「R」の倉庫から、「月夜の女神」が消えていた。警察の調べでは、どうやら盗賊は二人いたのでは、という推測がたっている。Aの逮捕を報じる新聞記事の隣りには、「旅の画家」と称する若い男が国境付近で迷子になり、警察に保護されたという珍事件が添えられており、人々の笑いを買った。

  おわり