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アルミニウム(6)

 Kは待機室でこぼした俺の言葉を反芻し、気持ちをいくらかでも察して、ホタルを見に行くなどという呑気な接待を承知したのだろうか。つまりは俺に対するいくらかの憐憫がKの胸に萌したのだろうか。Sは携帯電話をポケットにしまいながらフとそんな仮説を立てたが、ベンツのドアを開け、
 ――行きましょう。
 と、助手席のAに言った時には、Kの心中を推し量るそんな思考も、ろうそくの火がささやかな風に消えるように頭から失せた。雨脚は先ほどより弱くなっていた。
 施設の入り口で整理券を受け取り、十数分待つ間、Aは付近のコンビニで缶ビールを買い、あっという間に飲み干した。
 ――あんたも一杯したら?
 とSにはノンアルコールビールを与えてくれた。
 二人は施設に入った。ホタルの放つ光がきわめて微小であることから、飼育施設の中はほとんど暗闇だった。とはいえこの無料開放はけっこう人気の催しらしく、見物客の群れが暗い中にも長蛇の列を成していた。
 ――何年か前に家族で来た時は、こんなに混雑していなかったと思うんだけどなぁ。
 そうつぶやくAに続いてSは施設の中庭にある飼育小屋に入った。そこは典型的なハウス栽培の小屋だった。ガラス張りの屋根が山型になり、周囲もことごとくガラス張りで、奥行きは十五メートルほどの小ぶりの部屋だった。そのまん中を小さな川が縦に貫き、その脇の板張りの通路をゆっくり歩くというのが順路だった。
 草木が小川の周囲に鬱蒼と茂る中を、数多のささやかな光のつぶてが舞っていた。Sはとんと見慣れない光景を見ながら、Aに続いて通路を進んだ。宙をたゆたう光の球に手をかざしてみると、光は一瞬、闇に消え入って、離れたところでふたたび弱弱しく灯り、どこまでもどこまでも飛んで行った。見上げてみれば、それがいくつも無軌道に漂い、どれもが柔らかな尾を引いていた。Sは、儚い光の群れの織り成すこの世ならぬ景色にしばし見惚れた。前を歩くAは一度もSを振り返らず、また一言も口にせず、ただとぼとぼと大きな背を左右に揺らして歩いていた。さっきまであんなに無遠慮に饒舌だったのがどうしてこんなに黙りこくっているのか、とSが思うほどだった。

(つづく)