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東京旅行

短篇シナリオ「東京旅行」(ペラ約30枚)

【登場人物】
・村上美代子(42)…朝から晩まで働き、女手一つで永一を育てる。現在一人暮らし。
・村上永一(19) …東京の映画学校に通う。奨学金を貰い、アルバイトをして生活している。
・店長(35)   …美代子の勤める居酒屋の店長。
・店主(58)   …永一が働くラーメン屋の店主。
・慶太(17)   …高校生。永一のアルバイト先の後輩。


〇 大衆居酒屋(夜)
   サラリーマン、OL、カップルらで満席の店内。
   アルバイト、作ったドリンクを出す。
アルバイト「大丈夫っすか? 持てますか?」
美代子「なんとか持てるわ」
   カクテルや酎ハイを載せたトレーを持って、歩き出す。
「ねぇさん、注文注文!」
美代子「はぁい、少々お待ちください!」

 

〇 従業員控え室
   美代子、煙草に火を点ける。
   ハンカチを出し、顔の汗をぬぐう。
   隣りでは若い女性アルバイトが携帯をいじっている。
   店長が机に向かって勤務表を書いている。
美代子「連休は予約いっぱいですか?」
店長「このシーズンは毎年な。美代子さん抜けるとツライぜ。明日も明後日も宴会でいっぱいだよ」
美代子「ごめんなさい。わがまま言って」
店長「ま、いいって。ふだん頑張ってもらってるし……東京で泊まってくるんだろ?」
美代子「うん」
店長「楽しんできなよ。土産なんかいらないから」
美代子「ハハハ、土産話だけは期待しといて、なんて……じゃ、そろそろ行きます」
   煙草を消し、立ち上がり、ロッカーから着替えを出す。
店長「お疲れサマ。息子さんにヨロシク」
美代子「はい。じゃあお先に失礼します」
   出て行く。
女性アルバイト「村上さん、東京に息子さんいるの?」
店長「専門学校に行ってるんだって。女手一つで仕送りまでしてるんだから、大変だ」

 

〇 名古屋駅・ホーム(朝)
   美代子、足元にバッグを置いている。
   どことなく嬉しそうな顔。
   新幹線がホームに滑り込む。
   美代子、乗り込む。

 

〇 アパート・永一の部屋
   ぐーぐー寝ている永一。
   テーブルの上の携帯電話が鳴る。
   永一、寝ぼけながら取る。
永一「もしもし……おはようございます……はい。はい……エッ!?」

 

〇 ラーメン屋
   満席になっている店内。
   永一、入ってくる。
永一「おはようございます」
店主「お、永一。わりぃな、急に出てもらって」
永一「大丈夫なんすか? 慶太のヤツ」
店主「スピード出し過ぎて急ブレーキかけたらスリップしたんだと。いま病院にいるって」
永一「(呆れた表情で)あのバカ……」
おかみさん「ごめんね、今日は休みなのに」
永一「今夜は忙しくなりますかね」
おかみさん「週末だからね、多分……」
   永一、溜め息を吐く。
店主「すぐギョーザ焼いてくれ」
永一「(開き直った様子で)あいよ」

 

〇 東京駅・構内(昼)
   美代子、自動改札機を通って出てくる。
   公衆電話に寄り、受話器を取り、かける。
美代子「……もしもし、永一? ワタシ。うん。いま東京に着いたとこ。うん……(目を丸めて)えっ!?」

 

〇 ラーメン屋・裏
   永一、煙草を吸いながら話す。
永一「今日バイトに入ってた奴が事故っちまって、代わりに急に俺が……うん、11時まで」

 

〇 駅構内
   美代子、残念そうな顔。
美代子「そう、じゃあ今日は会えないわね……ワタシ今夜は東京に泊まるから。うん。じゃ、また後でかけ直すわ」
   受話器を下ろす。
   溜め息を吐く。

 

〇 喫茶店
   美代子、コーヒーを飲んで雑誌を読んでいる。

 

〇 映画館の中
   観客たち、映画を観て爆笑している。
   美代子、軽く笑っているだけ。

 

〇 ホテル・フロント(夕方)
   美代子、チェックインの手続きをして、部屋の鍵を貰う。
フロント「お部屋は十階になります」

 

〇 同・客室
   美代子、入って来て、荷物を置く。
   ベッドに腰を下ろし、窓の外の景色を見ながら煙草を吸う。

 

〇 レストラン(夜)
   美代子、一人で夕飯を食べている。

 

〇 ホテル・客室
   美代子、風呂上がりで浴衣を着て、缶ビールを飲んでいる。
   時計を見ると、11時を回っている。
   電話の受話器を取る。

 

〇 道
   永一、煙草の煙を吹きながら歩いている。
   携帯の着信音。
   永一、出る。
永一「もしもし」

 

〇 ホテル・客室
美代子「アルバイト、終わった?」
永一の声「うん、さっき。ゴメン、ほんと」
美代子「(溜め息)まぁ、仕方ないわね」
永一の声「今日はどうしてた?」
美代子「何もすることないもの、ブラブラしてたわ。お茶飲んで、映画館行って」
永一の声「映画? 何観たの?」
美代子「なんかアメリカのコメディだったけど。あんまり面白くなかったわ」
永一の声「近ごろのハリウッドはダメだよ」
美代子「そういえば事故した人、大丈夫だったの?」
永一の声「バイクで滑って転んだって。命に別状はないってさ」
美代子「そう、良かったじゃない」
永一の声「明日はこっち来るんだろ?」
美代子「そうね。あんたの部屋も見たいしね」
永一の声「昼飯は外で食べようよ。美味しいうなぎ屋知ってるんだ。母さん、うなぎ好物だろ?」
美代子「うなぎか。久しぶりね」
永一の声「じゃあ明日、待ってるよ。もし俺が寝てたら勝手に入っていいよ。鍵持ってるだろ?」
美代子「うん。午前中には行くわ。それじゃあね。また明日」
永一の声「おやすみ」
   美代子、受話器を置く。
   少し、嬉しそうな表情。

 

〇 永一のアパート・表(朝)
   美代子、来る。
   『村上永一』と書かれた表札。
   美代子、ブザーを押す。
   返事がない。
   美代子、バッグから鍵を取り出し、開けて入る。

 

〇 部屋の中
   美代子、入って来る。
   カーテンを閉めた部屋は暗い。
   壁際に敷かれた蒲団は盛り上がってしわくちゃ。
   美代子、とりあえずカーテンを開ける。
   蒲団はもぬけのから。
美代子「? 永一……」
   啞然としてキョロキョロ見回す。
   と、テーブルの上の紙片を見つけ、手に取る。
永一の声「ごめん! 急にアフレコが入って、学校に行かなきゃいけない! 終わり次第帰る!」
美代子「(わからない、という顔で)なによ、アフレコって……学校の用事か」
   ペタンと座る。
   不満げな顔で、煙草に火を点ける。
   部屋の中を眺める。
   本が詰まった本棚。
   畳の上に散らばっている映画の本。
   毛筆で『毎日修行!』と書かれた半紙が壁に貼ってある。
美代子「……」
   蒲団は破れて中の綿がのぞいている。
美代子「なにこれ。買い替えればいいのに」
   冷蔵庫を開けると、缶詰が二、三個入っているだけ。
美代子「ちゃんと食べてるの? まったく」
   呆れた顔。

 

〇 ファミリーレストラン(昼)
   美代子、昼食を取っている。
   時計は二時近く。
   溜め息を吐く。

 

〇 映画学校・表(夕方)
   永一と学生たち、出て来る。
永一「お疲れさん!」
学生たち「おつかれー!」
   手を振って別れる。
   永一、携帯を取り出して見ると、留守電が入っている。
永一「三時十分……ずいぶん前だな」
   再生する。
美代子の声「もしもし、美代子です。まだ映画学校ですか? 私は明日があるのでそろそろ帰ります。学校は忙しいみたいだけど、まぁ頑張ってね。それじゃあ」
   永一、申し訳ない、という顔。

 

〇 新幹線・車内
   窓外を眺めている美代子。
   日が暮れていく……。

 

〇 居酒屋・従業員控え室(夜)
   美代子、入ってくる。
美代子「おはようございます」
店長「(振り返り)美代子さん! もう帰ったの? ビックリしたよ」
美代子「忙しい?」
店長「ただいま満席でございます」
美代子「私、入ろうか?」
店長「大丈夫だよ。今日はゆっくり休みなって」
美代子「そう。じゃ、土産だけ置いとくわ」
店長「おお、すまんな、ありがとう」
美代子「じゃあ失礼します」
店長「息子さん、元気してた?」
美代子「……(笑って)何とかやってるのかな……」
   出て行く。
   店長、不思議そうな顔。

 

〇 ラーメン屋
   永一、疲れたような顔でラーメンを食べている。
   慶太、客の帰った後を片付けている。
慶太「ほんと、すみません。そのラーメン、俺のおごりで……」
永一「んなこたぁいいよ。しっかり働け」
店主「永一に礼言っとけ。ケガは大したことなかったんだし」
   慶太、ぺこぺこ頭を下げる。
   永一、煙草の煙を吹く。

 

〇 道
   永一、電話をかける。
美代子の声「もしもし」
永一「俺だけど。もう帰った?」

 

〇 美代子のアパート
   美代子、座椅子にもたれてくつろいでいる。
美代子「二十分くらい前かな。あんたは? 学校は終わったの?」
永一の声「夕方頃終わった。留守電聞いてから、メシ食いに行ってたんだ。慶太のヤツ、ケガはもう大丈夫みたいで、働いてたよ」
美代子「そう」
永一の声「悪かったよ。一度も会えなくて」
美代子「せっかくの東京旅行が台無しよ。美味しいうなぎも食べられなかったし」
永一の声「ごめん……次はきちんと予定空けとくよ」
美代子「次って、いつ休めるかわかんないわよ、忙しいんだから」
永一の声「ほんと、ごめん」
美代子「……私のことなんか気にしなくていいよ。それよりちゃんと自分のことやりなさい。『毎日修行』なんでしょ?」
永一の声「ああ」
美代子「私は疲れたから、もう寝るよ」
永一の声「うん。それじゃ」
美代子「おやすみ」
   受話器を置き、缶ビールを飲む。

 

〇 永一の部屋
   永一、入って来る。
   真っ暗な部屋。
永一「ただいま……と」
   冷蔵庫を開ける。
永一「お!?」
   野菜や果物が入っている。
永一「こんなことしなくていいのに」
   電気をつけると、本はきれいに片され、蒲団が新しくなっている。
永一「……」
   テーブルの上の置手紙を取る。
美代子の声「母さんは帰ります。学校頑張りなさい」
永一「……まいったね、こりゃ……頑張んねぇとな」

 

〇 アパート・表
   夜空に月がかかっている。

 

     おわり