名前のない手記(6)

「しかし、アメリカという国はこれからどうなるのだろう?」
「僕がチビのころ、アメリカは『世界の第一等国』というイメージでしたね。街でかかる映画はほとんどがハリウッド映画で、マイケルやマライアが世界のトップエインターテイナーという感じだった。マクドナルドもマイクロソフトアメリカでしょう。アメリカこそ世界のリーダーだということを根拠もなく信じてましたよ」
「はっはっは。本当かい?」
「自分から信じていたわけじゃなく、物心がついた時から身の周りの何もかもがアメリカナイズされていた、という感じかな。色んな文化に接した上でアメリカがすばらしいと思い至ったわけではないということです」
 藤田君はカップをグイとあおり、空にした。ポイと路に捨てた。カップアスファルトに落ちても砕けず、コロコロ転がった。
「で、サブ……なんとかローンが問題になって不況になって、アメリカよ、サヨウナラ……ということなのかねぇ」
「新しい第一等国が出るかも知れない。ドバイなんてスゴイじゃないですか。リゾートつくって、世界一高いビルも建設しているみたいだし」
「しかし、世界一というのが、そんなにいいかねぇ。みんな、他者を倒して勝つことばかり考えている気がする」
 宙を見ていた藤田君の目は私の顔に向いた。
「哲学者みたいなことを言うじゃないですか」
「山谷の日雇い労務者のつぶやきさ。勝ち負けでいうなら、オレは完全に敗北者だ。……女房に逃げられて、会社を辞めて、山谷へ転がり落ちてきたんだ」
「悲しいじゃないですか」
「笑ってもかまわないよ」
「笑えないですよ……。僕も、結婚を約束した彼女と別れて、山谷へ来た男ですから」
 こんどは私が藤田君の顔を見た。