ひとりごと

 今日もゴミ収集車を走らせている。
 高層ビルに囲まれた、ここは東京のどこかだ。港区○△…。オレにとってはどんな住所でも構わない。毎日のように同僚二人とゴミ置き場を回り、都会のゴミクズを掻き集める、焼却炉に放り込む。それ以外にすることはない。ベルトコンベアーに乗ってでもいるような、何の変化もない毎日だ。
 着ているものと言えばヨレた肌着に色あせたチェックのシャツ、ジーパン、汚れたスニーカー。美味い飯を食いに行くくらいならポルノ映画を観る方が良いと思っている。唯一、カタルシスというか、捻くれたナルシシズムにひたる瞬間といえば、埠頭を歩きながらウィスキーの小瓶を片手に、マルボロの煙を吹き出す時だろう。
「光り輝く大都会・東京。それは、腐った人間たちがつくった掃き溜めに過ぎない」
 という名前の煙を、ブーっと吹く。これが、キモチイイ。
 週に一度は「カトレア」という酒場へ行く。ヒトミという女がオレの気に入りだ。ボトルの「フォアローゼス」をグッとやり、デレデレになったあげくヒトミの肩に手を回し、胸をもむ。水割りでほっぺが紅くなっている、長い茶髪のヒトミが苦笑いする。オレもニヤリとする。これが「ホテルへ行こう」のサインだ。
 ゼリーみたいになった脳みそ抱えて、ヒトミと一緒にベッドへダイブ。グラスを通して眺めてるような、歪んだひわいな世界。ヒトミとじゃれる、裸になる、もみくちゃになる、力つきる…キモチガイイ。
 友達なんていやしない。
 三重県の港町でオレは生まれた。高校を出て、何かあると思って東京へ来たが、結局ゴミ収集員になった。三重へ帰りたいとも思わない。両親はオレが中学の時に別れた。
「要するにさ、パッとしないのよ……」
 母親が親父に告げた最後の言葉だ。もともと酒場で出逢って盛り上がった勢いで一緒になった二人だったから、酔いが覚めたようなものだった。ただ一人生まれたオレという息子はその情熱の燃えカスみたいなもんだったんだろう。母親はバッグ一つを手に提げてドアを開けて消えた。親父は何も言わなかった。悲しそうな顔もしなかった。ただボーッと、窓から海を眺めていた。 オレも何も言わなかった。その頃から、オレは猛烈にマスターベーションをやり始めた。
「オレの母ちゃん、今ごろどこでなにしてんだろ……よぉ?」
 オレは時折そうして窓辺に置いてあるベンジャミンに話しかける。そこにジッとたたずんでるだけで、返事はない。
「多分ヒトミみたいな女のいる酒場で「ママ」とか呼ばれてんだよ。で、親父は今日も独りで伊勢湾で漁師してんだ。オレがゴミ集めるように、黙って決まったルートをぐるぐる回って魚を集めるんだよ。それでなにがしかの金をもらうだろ。んで、使い道もオレと同じだ。安い酒と、女。ハッハッハ」
 ベンジャミンは何も言わない。でも、それがイイ。
 友達なんていやしない。
 同僚たちは結婚している。独身の野郎もいるがほとんどは家庭を持ってる。朝は女房に見送られて職場へ来るんだろう。仕事に対しても真面目みたいだ、やり甲斐も感じてるんだろう。きっと、「大都会をきれいに掃除する大切な仕事」みたいな内容のポリシーだと思うが。
「なぁ、どこでどんなことをしていたって、人間は前向きになれるのか?」
 ベンジャミンに話しかける。オレはウィスキーをグッとやる。
「砂漠をさまよっていたって、戦場で洞穴にこもっていたって、デカいオフィスで仕事に忙殺されていたって、明るい未来を夢見ることが出来るんかねぇ…」
「家庭の団らん、立派な自宅、高い給料? 解んねぇ。同僚たちがどんな考えでもって毎日あんなに頑張れるのか、理解できないぜ。ゴミを集めて焼き捨てる、この単純作業以上に、何もしたいと思わねぇ。なぁ?」
 ベンジャミンはそよそよと風に揺れるだけだ。オレが大事にしている、唯一の友達かも知れない。駅近くの花屋で見かけて、気に入って買った。毎朝出かける前に窓辺に置いて、帰って来ると壁際に戻す。霧吹きで葉っぱに水をやる。乾いて死んじまわないように。一週間か二週間くらいの周期で新芽が出てくる。艶のある薄い緑の葉っぱを見ると思わず微笑んでしまう。愛おしいだけじゃない、オレがこのベンジャミンを好きなのは、一匹で生きてるところだ。どこにも根を下ろさずに。見ていると、なんだかなぐさめられるんだ。
 ちょうど流れの早い山間の渓流に必ず淀んだ淵ができるように、都会にも発展や整理がなされないゴミ溜まりのような場所がある。オレとベンジャミンは、そこで暮らしているわけだった。案外、心地よかった。

 二つの事件が起きた。ひとつ目は、恐ろしく暑い日に起きた。
 住宅街の大きなゴミ捨て場に、赤ん坊が捨てられていた。うるおっていた筈の頬や肩から腕にかけて、ブヨブヨに腐乱していた。唇は乾ききって、皮膚が裂けて中の肉が見えた。オレが最初に発見した。ビニール袋をパッカーへ放り込もうと掴み上げると、その赤ん坊が袋を破って地面に落ちた。同僚が奇怪な声をあげた。ニュースで報じられて大騒ぎになった。
 警察の尋問が夜遅くまで続いた。次の日もニュース番組のレポーターが押しかけて来た。このクソ暑いのにご苦労なことだ。警察に協力して夜に住宅街へ行って現場検証を手伝ったりした。イライラして酒を勢いよくあおった。家に帰ったら寝るだけだった。どうして人一人死んだくらいで、オレが大変な思いをしなくちゃならんのだ。
 べつに親が赤ん坊を捨てるなんて、今どき珍しいことじゃない。オレだって、もう両親から捨てられたようなもんだ。そうして大都会のゴミ溜めへやって来て、ゴミを集めて生きている。オレだって、赤ん坊と変わりゃしない。
 二つ目の事件は、両親が別れた日以来、オレが久しぶりに泣いたことだ。窓辺に置いていたベンジャミンを忙しくて放ったらかしていたら、枯れて死んでしまった。枯れ葉が海からの風で飛んでいた。
 空しかった。あの瑞々しかった新芽がいつの間にか乾燥しきって固くなっていた。ゴミだらけの中でたった一つ、潤いをもって、何者にも汚されずに生きていたオレの友達は、ただのゴミに変わってしまった。オレも何年後かには、あんな風に朽ちた死体になるんだろう。
 オレは何も言わずに泣いた。涙のわけは解らなかった。
 ただのひとり言だ。さっさと忘れてくれ…

 

 おわり