アルミニウム(4)

Kは隣でスポーツ新聞をめくるSの腕を見て、ぼそりとつぶやいた。 ――武田さんの腕。ヒバクしたみたいだね。 Kはところどころ破れて中のスポンジが見えている黒いフェイクレザーのソファに偉そうに寝転がって、スマートフォンをいじくっていた。 ――縁起でも…

アルミニウム(3)

Aの家が近づいてきた。面倒臭い解説もやっと終わりだとSは思ったが、 ――…あのさぁ、ちょっと寄ってもらいたいところがあるんだけど。 とAはいきなり意想外なことを口にした。Sが疑問の目を向けると、Aはフロントガラスのはるか彼方を見るように、虚ろな…

アルミニウム(2)

六月の厭な雨夜だった。 その夜八時過ぎ、依頼を受けたSがゴールデン街の店を訪ねると、Aは目をとろんとさせて、よぉ、来たか、と笑った。ママはカウンター越しにSに苦笑しながら、ごめんねぇ、よろしくねと、厚化粧の上の紅をゆがめて言った。SはAにつ…

アルミニウム(1)

――ところでその、腕にまばらに付いている火傷の痕はいったい何だい? ――はぁ……これは、溶けたアルミの湯が飛び散って……。ようするに、金型を掃除する時、こびりついたアルミを一度溶かさないといけませんので、金型の中に腕を突っ込んで、ガスバーナーで溶か…

似顔絵師(6)

師走はせわしなく過ぎていった。昭男たちはすでに年始、春へ向けての活動を始め、あゆみたちは事務処理に焦り、工場は生産に追われていた。 一年が終わろうとする、師走のこの慌ただしいわずかな数日間が、昭男は好きだった。会社を見ても世間を見ても、誰も…

似顔絵師(5)

引き継ぎはその後、何の支障もなく進んだ。どの得意先でも、「わらびストアーズ」のように清次の退任が必要以上に惜しまれることはなかった。引き継ぎの帰り道の車中で、清次は「ああまであっさり了解されても、悲しいものだよな」と苦笑していた。 一方で昭…

似顔絵師(4)

大型受注が一件あった。決めたのは先輩の金村だった。全国に大型ショッピングセンターを展開する得意先で、鍋料理の小さなレシピを商品近くに置き、いろいろな鍋料理とともに飲み物を提案するプランが採用された。商品の納入も拡大し、売れ行きの伸びも大い…

似顔絵師(3)

やさしい秋の風に細い髪をなびかせ、清次は昭男にボールを投げる。「少し前の暑さが、嘘みたいだよな」 と、唐突に言う。もはや十一月である。この夏はとんでもない暑さが続いたが、過ぎてみればあっという間のことだったようにも感じる。 今日の引き継ぎは…

似顔絵師(2)

その夜は飲み会が開かれた。第一グループを中心に社員十名ほどで、池袋駅前の大衆居酒屋へ繰り出した。メンバーには昭男の他に上野やあゆみの姿もあったが、清次は仕事を終えると一人でさっさと帰宅していた。 普段の飲み会は愚痴や仕事観や人生論などの応酬…

似顔絵師(1)

この上ないくらい爽やかな秋晴れだけど、昭男は、どうも今日は気乗りがしない。「煙草、吸うよ?」 一本取り出し、運転席の清次に見せて聞く。「構わないよ」 清次は答えると、助手席側のウィンドウを少し開けた。冷たい風が隙間から流れ込んできて、昭男の…

二人の盗賊

□ ある寒い日のこと。新聞に大きなニュースが出た。山で検問を張っていた警察が、一人の盗賊を検挙した。盗賊は、その町の巨大な美術・宝石商「G」に忍び込み、大量の宝石を盗み出した。盗難に気づいた警備員が警察へ通報。急いで町の周りに検問を張った警察…

はかなくうつろうエプロンの色

○ トン、トン、トン… と、キャベツを包丁で切る。いつもと変わらない。 ようやく桜が散って、絵美の好きな新緑になった。窓から見える桜の樹に射す光の色は変わり、落ちる影の角度も変わった。空の青さも変わった。風の匂いも変わった。なによりも、芝生にひ…

知られざる肖像画

…つまらない記事になるだろう。 朝の通勤ラッシュに苦しまなくてもすむ新宿からの下り電車の中で、杉村は窓外に目をやりながら胸中で密かにつぶやいた。 洋画家の平川聡が三日前に死んだ。かねてから患っていた喉のために入院生活を続けていたが、読書中に動…

オレ

「彼の衣服の糸一筋も――いや、彼のあの特異な容貌の線一本も、それは実にそっくりそのまま『僕自身の』でないものはなかったのだ!」―ポオ『ウィリアム・ウィルソン』(中野好夫訳) 十二月のある昼のことである。都内の広告代理店「セントス」のオフィスで…

ひとりごと

今日もゴミ収集車を走らせている。 高層ビルに囲まれた、ここは東京のどこかだ。港区○△…。オレにとってはどんな住所でも構わない。毎日のように同僚二人とゴミ置き場を回り、都会のゴミクズを掻き集める、焼却炉に放り込む。それ以外にすることはない。ベル…

夏休み自由研究

都内の大学へ通っている法科大学院生だ。分厚い本と日夜格闘して、将来「弁護士先生」と呼ばれる日を目指して頑張るのが唯一の義務だ。クソみたいな学生生活! 一応「成人」らしいから、先日、選挙に行って来た。「悪党」という新党が出来たらガハハハ! と…

東京旅行

短篇シナリオ「東京旅行」(ペラ約30枚) 【登場人物】・村上美代子(42)…朝から晩まで働き、女手一つで永一を育てる。現在一人暮らし。・村上永一(19) …東京の映画学校に通う。奨学金を貰い、アルバイトをして生活している。・店長(35) …美代子の勤め…

創作の部屋、オープン!

このたび、創作の部屋をオープンしました。 メインブログと並走する形で、自分が過去に書いた作品や新作などを掲載していこうと思っています。作品は小説やシナリオ、または映像などになる予定です。 作品をじっくり読むのは時間に比較的余裕がある夜間にな…