名前のない手記(20)

 翌日、私が日雇いの仕事を終えて帰ってくると、なんと藤田君はまだ寝ていた。おばさんが言うには、日中に数度、起き出してきてはトイレで激しい嘔吐を繰り返していたとのことだ。昨夜は相当な量を飲んだようだ。
 私はいつものようにドヤ街の通りで住人たちとカップ酒をあおり、軽口を交わした。通りを照らす常夜灯の下で、煙草の煙と住人の下らない話に巻かれながら、莫迦のように笑った。
 金本旅館の方から、藤田君がフラつきながら歩いてきた。「やっと起きてきやがったか」と、私は煙草の煙と共に溜め息を吐いた。藤田君は私の呆れた顔を見ると、おおよその事情を悟ったとみえて、すぐに頭でお辞儀した。
「助けてくれたんですか?」
「オレがいなかったら、今ごろ留置所で両親と面会しているかもよ」
「すみません」
 藤田君は謝ると大きな溜め息をついた。息がやたら臭かった。私が顔をしかめると、申し訳なさそうに頭を下げた。
「気分はどうよ?」
「すっかり、ゴミにでもなった気分ですね」
 そう自嘲する藤田君の目はわずかな悲しみの色を帯びていた。山谷の住人にはない愁いを持った顔だった。その時私は「かなり底辺まで堕ちたが、やはりこの男は完全にはホームレスになり切っていないようだ」と思った。
 ドヤ代は私が立て替えていたが、藤田君もいくばくかの金を携えていた。手持ちの金でドヤ代を払うと、「明日からは日雇いの仕事をしようと思う」と言った。私は、
「一緒にいたあの眼鏡の男は誰なの?」
 と笹本のことを聞いてみた。
「本当は、あの人と一緒にいる必要なんてなかったんですけれどね……」
 と、アスファルトに腰を下ろして煙草に火を点けた。ゆっくり、細くて長い煙を吹くと笹本のことを話し始めた。

名前のない手記(19)

   〇

 私は乱闘騒ぎの直後、藤田君を見つけた。藤田君は顔を紅潮させ、走りつかれて住宅街のゴミ置き場で倒れて眠っていた。
「愚かな男だ。このまま死んでしまった方がどれだけマシか解らない」
 私はそう思った。そして、そのように思って見棄てておけばよかったのだ。しかし、藤田君に一抹の憐憫を抱いた私は、倒れている藤田君の頬を叩き、起こした。
 瞼を開くと、充血したうつろな目が虚空を眺めていた。話しかけても、意識があるのか、声が聞こえているのどうかも解らない。「うぅ」とか「むぅ」とか唸るばかりである。私は藤田君の肩を持って立ち上がり、山谷への道を歩き出した。キツい体臭が私の鼻をついた。しかし、こんなにいい体格をした若者を、肩を担いで歩くことができるとは、日雇い労務の蓄積にもいくばくかの利点があったものだ、と思った。
 私は藤田君を連れて金本旅館へ帰った。ベッドは空いていたので、そこに藤田君を放り込むと、私は自分の寝床へ戻ってさっさと寝た。

 真夜中のドヤの天井を見ながら考えた。なぜ、藤田君を助けたのだろう。助ける理由など一つもないはずだった。あのままゴミ置き場に捨てておけばいずれ目を覚まし、怠惰な日々を過ごして、また同じような暴力沙汰を引き起こしてこんどこそ警察の御用になったことだろう。藤田君の場合、その方が更生するにはいい機会であったはずだ。私は彼に手を差し伸べてはみたものの、更生を指導しようなどとは少しも考えていない。更生させるつもりもないのに助けの手を伸ばすとは、まるで、私は彼を山谷の生活に引き戻そうとでもしているみたいではないか。藤田君に抱いた憐憫。この憐憫というものは、なんと厄介な感情なのか……。

名前のない手記(18)

 「バブル」。そうなのだ。奴らのもう一つの共通項は、戦後すぐか高度成長のただ中に生まれ、バブルの絶頂へ向かう「日本の上昇気流」をもろに浴びて育った世代であることだ。奴らにとっては「明日はもっと良く」ならなくてはならず、働く者はすべからくその成長論理に全精力を傾注すべきなのである。私のもっとも嫌いな思想だ。「もっと良い明日」とは何か? 月並みな言い方だが、それは空虚な「物質的な豊かさ」に他ならない。そして獲得された「豊かさ」は、山谷の住人のそれとはまた違う「莫迦のような笑い」に現され、消費されるのだ。会社が伸びざかりのさなか、高級酒を茶のように飲んで戯れる同僚の「莫迦のような笑い」を、私はどれだけ見てきたことか。
 笹本の思想は莫迦の思想なのである。しかし問題はそんなことではない。「もっと良い明日」に準拠しないものに対する「悪罵を口にする特権」。これによって、数多の不幸や悲しみやトラウマが生まれたであろう。私が山谷へ転落したことも――私は豊かな生活に悔いや未練はないが――その具体例の一つなのではないかと私は考える。付け足すと、藤田君の転落もそれらの不幸の残りカスのようなものではないかとも、私は考える。
 笹本のことをこのように分析したのは、花火大会からずっと後のことである。

名前のない手記(17)

   〇

 ここで、藤田君と数ヶ月の間、生活を共にしていた中年男の笹本のことを補足しておく。この男のことなど書きたくもないが、藤田君の名誉のために多少は紙面を割いておく必要がある。
 ホームレス連中と見物客との乱闘の引き金を引いたのは、明らかに笹本である。笹本に卑猥な言葉を浴びせられたりしなければ、見物客たちは連中を「迷惑なホームレス」と片付け、夏の一夜を楽しめたはずである。
 一言で言えば、笹本は、人の人格が傷つくことを平気で口にする男である。それを大声でいうものだから、あの場ではなお具合が悪かったのである。
 藤田君の持つ酒癖が「キレる」ことであるなら、笹本の持つ酒癖は「嘲罵」である。ありったけの下劣な悪罵を相手に浴びせて、相手の精神を汚しつけるという、ヘドの出そうな酒癖である。
 私のサラリーマン時代にも同じようなことをする輩がいた。奴らは一様に、山谷の住人と同じように幼稚で、自分には「悪罵を口にする特権」とでもいうようなものが備わっていると信じて疑わないようだった。だから相手の人格が傷いても一向に申し訳なさを感じないのである。奴らにとっての「悪罵を口にする特権」とは、おおよそ立場的な優位を根拠にしているものと私には思われる。年齢、収入、容姿容貌など、比べることができるものについて、自分が優位に立っていると認識した時、奴らは完全に相手を見下し始める。その優位性が最も明確に現れるのは、言うまでもなく社内での役職や年齢の差異である。奴らは、自分の部下や後輩に対し「自分に嘲罵されなくてはならない」とでも思っているように、執拗に言葉の暴力を浴びせる。逆に自分の上司や先輩に対しては適度に部下・後輩として振る舞い、決して波風を立てない。今は「パワハラ」という概念が少しずつ定着しつつあるから奴らも思うように悪態を吐けないだろうが、少なくともバブル崩壊までの日本の企業社会では、ああいう愚劣な連中が社内で好き勝手に振舞っていたように私は思う。今でも、小規模な組織で運営している中小企業の中では同じような光景が繰り広げられているのかも知れない。

名前のない手記(16)

 藤田君は殺気に満ちた目を男に向けると、逆に男のシャツの襟を掴んだ。体をのけぞらせ、男の鼻をめがけて思い切り頭突きを食らわせた。鈍い音がした。私は無言のまま大口を開けた。とんでもないことが起きたと思った。男は鼻から大量の血を噴き出して倒れた。藤田君はなおも攻撃をやめず、倒れた男に踊りかかった。中年男をはじめホームレスたちも参戦し、苛立ちが頂点に達したと見えた数多の見物客たちもなだれかかった。和やかな花火大会は大乱闘と化した。頭が酒に熱した男たちがくんずほぐれつ、野性を破裂させた。ふつうならば「喧嘩は江戸の華」と洒落込みたいところかも知れないが、事態は洒落にならない方へ傾いた。藤田君が転がっていたビール瓶を拾い地面に叩きつけて割ったのである。これには私も周囲もたまげた。一同、目を丸くして藤田君から離れようと後ずさりしたが、藤田君の殺気は治まる気配がなかった。
 その瞬間、私は驚きと共に悟った。藤田君はキレている。昨今は行き場のない殺意にまかせ、誰彼かまわず襲って殺害する若者が世を騒がせているが、藤田君はまさにその若者だ。目の前で暴れているこの男が、約一年前、山谷でカップ酒をチビチビしながら愁いのある目で宙を眺めていたあの藤田君とは到底思えないが、現実である。しかし、しらふの時の礼儀正しさからして、酒さえ入らなければこの「殺意のスイッチ」が入ることはないだろう。ここまでへべれけと化している今だからこそ、そのスイッチは容易にONになったのだ。

 乱闘騒ぎのことを仕舞いまで書く必要はないだろう。
 結局、藤田君は割れた瓶を振り回しながらも誰も刺し殺すことはなかった。アルコールが入りすぎていたことが功を奏した。千鳥足で相手に突進しても途中ですっ転ぶばかりだった。藤田君は運がよかったのだと私は言いたい。誰かが花火大会の警備にあたっていた警官を呼んだらしく、笛の音と共に人ごみをぬって迫ってきた。乱闘はあっという間に鎮圧されたが、藤田君は逆方向へ走り、うまいこと脱走に成功した。
 藤田君は災難を免れた。しかし、この後、藤田君には輪をかけた災厄が襲来することになる。今にして思えば、藤田君はこの時捕まった方が幸運だったのかも知れない。

名前のない手記(15)

 がんばって桜橋の方まで行こうと、人ごみをぬって歩いていたら、どこかから人の叫び声が聞こえてきた。なにごとかと思ったが、喧嘩だろうと合唱だろうと、このような夜ならさして珍しくはない。無視して行き過ぎようとしたが、「ホームレス!」だの「難民!」という罵声が聞こえてくるではないか。隅田川のホームレスと見物客がいさかいを起こしているな、と思った。巻き込まれるのはご免だったが、なんとなく他人事とも感じられなかったので、少しずつ近づき、人の頭と頭の間から騒ぎの中心を覗き見て、思わず息を呑んだ。
 そこでは泥酔し切った数人のホームレスが通りの真ん中に倒れ伏していて、浴衣を着た若い見物客たちと口論していた。状況から察するに、見物客が確保していた場所をホームレスが空いていると勘違いして居座ってしまったのだろう。若い男たちは「オレたちが押さえた場所……」とたびたび口にしていた。しかし私が思わず息を呑んだのは、そのホームレスたちの中に藤田君と眼鏡の中年男が混じっていたことである。二人――否、すでに「二人」は「集団」と化していたと観るべきか。この時の集団がどの程度まとまりのあるものだったか、私は今もって知らないが――はマイケル・ジャクソンが亡くなったころからずっと隅田川近辺でホームレス生活をしていたのだ。それにしても、ただホームレス生活をしていたならまだしも、酒に酔って人に迷惑をかけるなど、最低の人間のすることである。私は、地面に脚を伸ばして座りながら見物客を睨みつけている真っ赤な顔の藤田君を見て、顔をしかめた。だが、さらに顔をしかめたのは中年男の言動である。
「オメェら。女なんか連れてこれからどうしようっていうんだ。花火が終わったらどこ行くんだよ、兄ちゃん。えぇ?」
 周囲をはばからず、ニヤつきながら吐き捨てるように言った。藤田君と同じく顔は真っ赤であるが、なんとも厭らしい顔つきである。見物客とはそこから罵り合いとなった。中年男がどんな言葉を口走ったか、ここには書かないことにする。見物客が数組の男女であったのをいいことに、あらん限りの卑猥な言語を並べ立てたのである。そのあまりのえげつなさに周囲の客も身を乗り出し、ホームレス集団に罵声を浴びせ始めた。これがマズかった。
 客たちも酔っていた。その内の体格のいい一人の男が、中年男の隣に寝そべっていた藤田君のシャツの襟を掴んで怒鳴った。
「おい、くそったれホームレス。とっととダンボールの家へ帰れよ。ここはお前らみたいな貧乏人のいるところじゃねえんだ!」
 途端に藤田君は目を血走らせた。瞬間、私はゾッとした。

名前のない手記(14)

   〇

 それからというもの、私の中での藤田君に関する感情の起伏は消え失せた。夜の酒、寝床の書籍を友に、私は夏を過ごした。藤田君のことは思い返すこともなかった。
 今思い返してみると、藤田君と笹本は夏の間、ずっと隅田川べりで暮らしていたのであろう。詳しくは聞いていないが、笹本と会って山谷を出てから夏までの間、二人して都内のネットカフェや公園で泊まり歩いていたものと思われる。なぜ藤田君は笹本などと行動を共にしていたのか、今でも疑問だが、とにもかくにも二人はマイケル・ジャクソンが亡くなった頃には隅田川のブルーシートへ流れ着いていたのだった。私はその点には納得できる。なぜなら二人には私も熟知していなかった厄介な酒癖があったのだ。これがあるために、二人はホームレスになることを余儀なくされたのではないか。
 私は、二人の酒癖を図らずもふたたび訪れた隅田川べりで目撃することになる。

 藤田君のことなど頭の片隅にもないまま、私は缶ビールを片手に隅田川べりを歩いていた。大好きな「KIRIN」を飲みながら歩く隅田川はまた格別であった。その日は隅田川花火大会が開かれ、川沿いの通りは人の群れに埋め尽くされていた。
 私は白いTシャツに白い短パンという格好だったが、いずれもかなり薄汚れていたから、傍目にはホームレスのように見えていたかも知れない。途中、同様の格好をした、ヒゲを生やした三十代くらいの男とすれ違った。ちょっぴり恥ずかしくもあった。